失われた30年を振り返る
「失われた30年」という言葉が広く浸透し、長い年月が経ちました。当初は1990年代の低成長を指して「失われた10年」と言われていましたが、次第に「失われた20年」と呼ばれるようになり、令和の時代に入った今、「失われた30年」として定着しています。この間、さまざまな原因が議論され、対策も実施されてきましたが、結果として日本は大きな飛躍を遂げることなく低成長が続いています。なぜ、日本はこの「失われた時代」から脱却できないのでしょうか?
インサイダーとアウトサイダーの視点
社会には常に「インサイダー(内部の人)」と「アウトサイダー(外部の人)」が存在します。国家でも同じで、日本国の場合、多くの日本人がインサイダーであり、外国人がアウトサイダーとなります。興味深いのは、最近の日本旅行ブームにより、アウトサイダーである外国人が改めて日本の魅力を再評価し、発信している点です。外国人旅行者にとって日本は「失われた30年の国」ではなく、むしろ憧れの旅行先として映っています。
これとは対照的に、「失われた30年」という表現が、日本国内のインサイダーたちの危機感を象徴しています。これは、世界の中で日本の経済力や国際的な地位が相対的に低下していることに対する焦りが、込められているのです。しかし、なぜその危機感を抱きながらも、30年間にわたり日本はこの問題を克服できなかったのでしょうか?
変化を恐れるインサイダー
結論はシンプルです。インサイダー、つまり日本国内の大多数の人々が、変化の必要性を強く感じていないのだと小生は考えています。多くの外国旅行者が、日本は住みやすくいい国だと感じるのと同様に、多くのインサイダーは、現状維持が続くことに危機感を持ちません。さらに、変化への対応はリスクが伴います。つねに、正しい対応はできず、失敗することも多々あります。変化への対応とは、本当にむずかしいことです。多くの日本人はこのリスクを避けようとしています。ここに、日本が「失われた30年」を克服できない大きな原因があると小生は考えます。
仏陀の唱えた唯一の真理は、「世のすべては変化する(諸行無常)」というものです。対象物の時間軸こそ異なりますが、私たちの生活も国家も絶えず変化しています。変化を受け入れ、その時々に最善を尽くすことが、私たちの幸福につながります。国家も例外ではなく、時代に応じて変わらなければなりません。ほっておいてもいずれ変化してしまうのですが、正しく変化に対応していくことが、国民の幸福につながります。
政策の変化とスピード感
過去30年間、日本は変化の必要性を感じながらも、実際の政策変革は遅々として進みませんでした。それは政策変革のリスクを取らなかったからですが、最近では政策改革の方法もリスクを軽減しながら実施する方法も検討されています。 例えば特区制度など、一部の地域で新しい政策を試行し、その結果をもとに全国に展開するというリスク軽減策が試みられます。
さらに、重要なのは、政策評価の正確さとスピード感です。政策が適切に評価されなければ、次の段階へ進むことはできません。また、官僚機構においてスピード感が不足していることも課題です。官僚には早急な対応を求められるインセンティブが少なく、評価も裁量的なものが多いのが現状です。このためには、政府の行政改革を継続してやっていくことが必要です。先の自民党総裁選挙ではこの問題がかなり多くの候補者から訴えられていました。
未来への危機感
このままでは「失われた40年」になる可能性もあります。さらに、今後、国家が強制的に変化せざるを得ないほどの深刻な危機が訪れるかもしれません。その時、多くの国民が不幸な状況に直面する可能性があります。変化に伴うリスクを最小限に抑えながら、迅速に対応するための政策を推進し、時代に合った国家運営を行うことが、今の日本の課題であると小生は考えます。
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